忘れないで…

夏の朝に

あれから4ヶ月が過ぎ間もなく5ヶ月
冬は春に、春は夏に、季節と時間はどんどん過ぎていく



今回、京都を旅して思ったコト…。
帰りの飛行機から見た仙台の様子は、たぶん4ヶ月前はもっと酷かったろうにと思うくらい、上空から見る限りでは瓦礫は集められ、茶色だったろう大地は緑がチラホラ…でもたぶんアレは雑草。
本当なら田んぼが広がってもっともっと緑だったハズ。
茶色の大地には家々が立ち並んでいたハズだけど…もう以前の景色は思い出せない。
空港から乗ったバスから見る風景は、いまだに田んぼや畑に転がったままの車や船。そして破れたビニールハウス。上から見ると一見普通に見えた景色は、横から見るとそれはあり得ない光景で、あるハズのものがなくて、あるハズもないものがそこに散乱したまま。
もう4ヶ月過ぎたのに、とやるせない気持ちになるのはきっと私だけじゃないハズ。

確かに復興は一歩ずつ一歩ずつ進んでる。
私の住む街も最初ほどのスピードはないにせよ、少しずつ少しずつ片付けられて…。

でも、まだまだ。

被災地ってどこだろう。 被災者って誰だろう。

確かにあの日、たくさんの人が被害にあい、被災し、そして東北は被災地になった。

でも今は?
私はもう普通に生活することが出来て、被災者ではなくなったと言えるけれど、でも、まだまだ大変な人は報道されないだけでたくさんいるはずなのに、それは案外知られてなくて…。

京都でわざと口にしたことがある。自分で自分がちょっとイヤになったけど…反応が見たかったから。
どこから来たのかと聞かれたコトに対して、宮城と言ってどう反応がくるか。
その多くは、いつもと変わらない言葉だった。「遠くからいらしたんですねぇ」

大変だったわね、と言って欲しかったワケじゃない。
覚えていて欲しかった。
宮城にしても、岩手にしても、福島にしても…東北とひとくくりではなく、それぞれの土地がそれぞれの大変さを抱えて、あの日の恐怖と悪夢と戦っていることを覚えていて欲しかった。

答えた人も忘れたワケではなかったと思いたいけれど、京都の街のあちこちで見かけた「被災地支援・義援金」の文字。
いつもと変わらない京都の風景に癒されつつも、ちょっと違和感を覚えながら歩いた旅となりました。


日本中のたくさんの方の支援、メッセージ、本当にありがたいと思います。
でも、何か食い違っているような、そんな気がするのは私だけでしょうか…。本当に必要とする人には届いてない、余った山のような支援物資。空回りしている支援の輪があちこちで今も発生しています。
私自身、何をどうすればいいかなんてわからないけれど…本当に必要な支援は何か…時間がたつにつれて余計複雑で難しくなってきているのでしょうね。

我慢強い東北人だって、頑張りきれないコトあるんだって、思うんだけどな。
…でも、いまや日本中が被害者になりつつあるような。

誰が悪い?牛?農家?人?地震?津波?国?東電? 

もう8月。皆が笑顔で平等に青空を眺めることが出来る日が、早くきますように。

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コメント

Re: 娘の学校の取り組み

めっこさん お返事遅れてごめんなさい。
FC2のメンテナンスのせいかコメントが反映されてなかったみたいで…。もう一度書きますね。

気仙沼でボランティアをされるんですね。
私自身、現地へ向かうことが出来ないので今現在どんな様子かわからないのですが、先日、仕事で父が行った時はまだまだ瓦礫があちこちに残って、元の街の面影すらない悲惨な景色のままだったそうです。
何が必要で何が必要じゃないのか、だんだん個人単位の問題にもなってきていて、すぐ近くにいる私達ですら把握することは困難です。
でも、決して押し売りとかじゃないと思いますよ。ボランティアの数が減って大変だって話は聞きますし、まだまだ助けてもらわなければならないことも多いです。
福島の子供達同様、津波被害を受けた地域の子供は限られた自由の中にいますから、外からの支援はまだまだ必要だと思っています。

時間がたつにつれ、ホント難しくなりますよね。
今日、京都の五山の送り火に関するニュースを耳にして、またちょっと考えさせられた一日でした。

被災ってなんなんでしょうね。。。誰が悪いわけじゃないのに。
どうして東北だったんだろうって、つい思ってしまうことも多いです。


娘の学校の取り組み

愛知県内の一カソリック系女子高ですが、この夏休みを利用して有志が気仙沼でボランティア活動をします。
活動内容は、夏祭りや家族旅行などの楽しみを震災で奪われてしまった現地の子どもたちと遊ぶお楽しみ企画だそうです。
現地へ下見に行かれた先生は、ボランティア活動自体が親切の押し売りになっているのではないか、単なる自己満足のありがた迷惑にすぎないのではないか、という葛藤に悩まれたそうです。
空回りの支援の輪・・・本気で支援を考えていても、なにが本当に望まれているのかが見えず、苦しい思いをしている人もいます。

そうね

忘れてない人が沢山いてくれるのもわかってますよ。
でもやっぱり時間とともに消えていくことも多いから、忘れさせない忘れない努力も必要なんじゃないかと…私も含めてね。

忘れてないと思いますよ?

「普通」の日常を過ごしている場所に旅して
震災の傷がまだまだ残る場所に帰って・・・
そのギャップに複雑な思いを抱くのは当然ですよね
ただ私が思うのは闇雲に「支援・支援!」って声高に言うことや
言葉だけの「大変でしたね」がもうあまり意味を
なさない時にきてるんじゃないかなってこと。
企業などでも被災地のためになる活動を
考えて行動してくれている方はたくさんいますし
こちらでもまだまだテレビで取り上げたりしてくれていますよ!
復興には本当に長い時間がかかると思います。
政府や東電が不穏だって、本当に国を動かしてるのは日本に住む人たち、私たちですよ
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