現実は…

仙台市六郷 3/20ごろ

昨日、震災後はじめて友人に会いました。
彼女は仙台市内…海沿いではなく街中に近いところに住んでいましたので、無事でした。
でも、親戚の方などが家を失った話を聞き、広い仙台だからこそ震災被害のギャップが大きいことを知りました。
私の知らない話を聞いて、彼女の知らない話をして…お互いに思ったコトは、仙台に住んでいても被害の実情を知らない人も多いコト。

確かに、今回の地震は東北だけでなく広く太平洋沿岸に津波の被害が広がっているので、どこがどれだけの被害なのか…一般の人では把握できないくらい被害が大きいと思います。
その中でも、南三陸町や気仙沼、等々テレビで報道されているところに目が行きます。
確かに、その地域はひどい被害で皆さん大変なんですよね。

私はリアルタイムで見ることが出来なかった報道では…仙台に押し寄せる津波の様子が中継されていたんですね。ご覧になっていた方々も多いと思います。
多くの友人、そして離れて暮らす家族はその映像を見て愕然とし、そして必死に連絡をとろうとしてくれました。
私が住んでいるところも海沿いだったからです。
そのことを知ったのは落ち着いてライフラインが復旧し始めたころ。
知らなかったとはいえ…今更ながら動画を検索してその映像を少しずつ見ています。

多くの友人も住むその地域は…あっという間に波にのまれてしまったんですね。。。
でも、震災直後、この映像を見ることが出来た被災地の人はほとんどいなかったんじゃないかとも思います。
ラジオもなく、停電でテレビさえ見ることが出来なかったのですから…。
大津波警報すら聞くことが出来なかった人がどれだけいたのか。言葉になりません。


その地域が今どうなっているか、昨日会った友人が仙台市太白区の六郷へ行った時の写真を見せてくれました。

最近、野次馬のようにカメラを持って被災地に来る人が増えていると聞きます。
助けにくるのではなく、興味本位で…。
立ち入り禁止になっている場所にすら入り込んでいると注意を促す放送も聞きました。
家族ですら近づくことの出来ない地域も多いのに、腹立たしい限りです。

写真を見せてくれた友人の名誉のためにも書きますが、友人は決して興味本位でその地へ行ったわけではなく、知人の為、身内の為に被害を受けたその場所へ出向いたんです。
無理を言ってこの写真を貸してもらいました。
まだまだ仙台にもこんな風にどうしようもなくなった場所がたくさんそのままで残っていることをお伝えしたくて。
友人も、この現状を多くの人に知ってほしいと写真を送ってくれました。

私の住む街も、そしてこの六郷という場所も…。
石巻、気仙沼、松島、七ヶ浜、多賀城、塩釜、亘理、名取、岩沼…地名をあげたらキリがないですね。
でも、報道されている街だけでなく、今なお多くの市町村で…もうすぐひと月がたつのに
ほとんど状況が改善されていないことを知っていただきたくて
そして忘れないでいてほしくて、今日の写真を載せました。

だからといって、節約をしてほしいとか自粛してほしいとは思ってないです、私は。
普通の生活が出来るところにいる人には「普通」の生活をしてほしいです。
ただ、その「普通」をしている中で、忘れないでいてほしいと願ってます。
何かを買う時、何かをする時に…
これを買ったら誰かの助けになるかな、とか。
これは今使わないからムダをしないでおこう、とか。

お子さんがいらっしゃる方には、物の大切さ、家族の大切さ、人のきずなを教えてほしいです。
今あるものが一瞬でなくなったり、使えなくなることだってあるのだということを。

難しいことかもしれませんが、人と人のつながりが少しずつ増えて、優しさや想いとなって
被災地を手助けしてもらえたらと思います。

仙台の被害を伝えるのはホント難しいです。場所によって道路一本、川ひとつで被害があったり全くなかったりしています。
阪神淡路の大震災を経験した友人は仙台の街中が神戸のようにビルや建物が倒壊しているのでは?と思っていたようですが、仙台の街中はほとんどないです。壁が落ちたりヒビが入ったり…してますが、被害が少ないからこそデパートや商業ビルは営業を再開しています。
なので、街中はもうだいぶ物資も元通りになっています。
被害のひどかった地域との差が…なんとも言葉にならないことも多いです。

この他の六郷の写真はGlass Craft 六根に掲載しました→
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コメント

No title

・かのんさん
 かのんさんが撮られた写真も辛い悲しい写真でしたね。
 写真と通して真実を見てくれる人、そうでない人…
 そして撮られることを望まない人
 「撮る」ことそのものについて日々考えています。

・trinity さん
 今になって本当に背筋が凍る思いで見ています。
 いえ、一度見たらもう見れないですね。
 最近になって地元のケーブルテレビの方や視聴者の方の映像が多く寄せられ、地元の番組等で見る機会が増えました。
 現場で必死にその様子をとらえていたカメラマンさん…
 今後の復興の為に、と住民の方に励まされ撮られたそうです
 元の同じ街には戻せなくても、その想いを胸に新しい街を作ってほしいですよね。

・tea-treeさん
 私の街は津波となればサイレンが鳴るのですが…
 今回全ての場所・海沿いでサイレンが鳴ったのかはわからないのですよね
 仙台新港近辺もどうだったのか…
 でも、実際、港から2~3キロのところにまで津波は押し寄せているので
 ラジオでも聞いてなければわからなかったかもしれません。。。
 ホント、旦那さまご無事でよかったです(><)
 亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

・kaoriちゃん
 すぐにメールくれて…ありがとう。
 でも、私達にはあの時、そんなに大きな津波と被害があったことは、正直にいってわからなかった
 ラジオをつけたのがいつだったのか
 ただただ余震が怖くて、雪が降る中外にいて
 真っ白で見えない海とサイレンの音を聞きながら
 近所のお年寄りや、祖母を危険なところから遠ざけて
 親戚の家に無事を確認に行ったり…なんだかよく覚えてないけど。
 でも、きっとみんなそうだったんじゃないかって…
 もし私が平地にいたら…そしてサイレンが鳴らない場所だったら…
 それでもやっぱり無事を確認したり、同じ行動をとっていたかもしれないです
 
 毎日凹んでばかりだけど、皆がいるから頑張れます^^

 

No title

私は震災直後からテレビに釘付けで
馴染みある場所が次々に津波に流されていく様を
ただただ見ているしかなかった立場の者です。
あの日から自分に何ができるか、今こんなことをしていていいのか…などをずっと考えています。
ものすごい有名でも、お金持ちでもない私が出来ること…
もちろん一足飛びにはいかないから、出来ることを少しずつ・・・
そう思って今日は、市で募集している生活用品の供出に石鹸や歯ブラシを持っていきました。
そこにはたくさんの人が参加していらっしゃいました。
助け合う想いはこんな遠くでもちゃんとありますよ

No title

復興にはまだ程遠い地域がたくさんあることに、言葉がありません。地震の時、うちの主人は仕事で取引先の仙台港にいて、車のラジオで津波警報を聞き、急いで港から離れたそうです。取引先の方は津波で亡くなられました。主人は、ラジオが無かったら、今ここにいない。命があるだけでありがたい…と言っています。情報がもっと行き渡っていれば、多くの方が助かっていたかもしれないですね。

No title

写真の町の様子、いつの時代の写真かと思ってしまうような、そんな状況に言葉が見つかりません。

津波の映像、ニュースで見ていました。
今起こっていることだという実感がなく、というか、ただ信じられなくて、感情が麻痺したかのようで、ただただ見つめることだけしか出来ませんでした。

報道されない多くの町や村の人たちが、今この瞬間も状況を受け入れようと頑張ってらっしゃるのですね。
一日も早い復旧されるように、これからも祈ります。
応援していますv-252

No title

あたしが先日訪れた場所も。
同じような景色でした。
どこまでも同じような景色が合って・・辛く哀しいですよね。
あたしは祖母の家に行き、また現実を見に行きました。
あたしが訪れた場所では冷やかし半分で撮影などはしていなかったと思いますが
確かに警察官などがいらっしゃいましたね。
まだまだ危ない場所も沢山ありますし・・

一瞬にして変わってしまった姿。
この辛さを興味本位で撮影する。その気持ちが分かりません。
この現実を見るのは。苦しく辛いことだと思うのですが・・
少しでもこうゆう現実を知り。
そして皆で助け合う気持ちを持っていって欲しいな、そう願っています・・
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